2005年10月30日 (日)

オイラと三国志

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オイラの愛読書の筆頭は

北方謙三さんの「三国志」である。

この本

とある素敵な女の子に紹介してもらった。

なんて書いとくとちょっとミステリアス?(んなわけないか)

何気なく書店で開いた。削ぎ澄まされた最初の1行で、

「これ、絶対読みたいっ」って思った。

最初の「草原が燃えていた。」の1行で完全に引き込まれた。

時代小説にありがちな、くだくだした背景説明なんていっさいなく、

淡々と文章が進んでいく。

そんな文体がオイラの感性に合った。

この話は、「死を意識すること」

隠されたテーマになっているように思う。

「死を意識するから」「今をどう生きたいか」を強烈に意識する。

「生きているという実感」「志(こころざし)」という言葉に求める。

だから登場する武将の生きざまが鮮烈である。鮮烈に生きようとする。

この話はサクセスストーリーなんかではない。

どの武将も負けざまが激しい。とことん負ける。

完膚なきまでに負けてしまう。

最後には結局全員が滅びてしまう。

「人は負けるのだ。」ということを教えてくれる。

時代背景の流れとしては、

「三国志」「揚家将」「水滸伝」の順番で読むと繋がる。

北方謙三「三国志」は、

オイラに「男とはどんな生き物か」を教えてくれたような気がする。

男としての純粋さをどの武将にも感じることが出来る。

オイラにとってすごく大きなものがこの中にあった。

一度読んでみてほしい作品である。

単なる「時代小説」としてではなく、

「男の生きざま」が書かれたものとして。

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2005年10月13日 (木)

村山由佳さん「天使の卵」

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「天使の卵」は透明感があってきれいな作品だと思う。
ありきたりな言い方だけど

この作品の著者の村山さんってさ、
「ああ、この人はわかってるんだな」って感じた。

それはね、
主人公の男の子が気持ちにケリをつけることが出来るような終わり方になってる
事実を認めることができるように終わってるんだよ。

相手の女性は死んでしまうけど、ちゃんと死ぬ前に気持ちが通じあう。
きれいなものが残るから
「死」という事実を受け入れるふんぎりをつけることが出来る。

だから苦しくても前に進むことが出来る。
その余地を残して作品は終わる
続編「天使の梯子」を読めばそれがよくわかるよ。
すごく切ないなあ、と思うけど悲しくない。

オイラが10才の時6つ年下の弟を亡くした。川での溺死だった。
何が起こっているのか分からない感じでただぼう然としてた。
お葬式の時幼稚園の園長先生の弔辞で涙がぼろぼろ出てきた。

それから少したって小学校の帰りの会の時に
「弟のことで、僕に気を使わなくても大丈夫だよ。」ってな感じのことを
みんなの前で言った記憶がある。
たぶん子供ながらに気持ちにケリをつけることが出来たんだろうなあ。
だから弟の人生はたった4年間だったけど今でもちゃんと僕の心の中に生きてる。

気持ちにケリをつけることができれば前に進むことが出来るんだよ
事実や本当の気持ちがわかれば、自分がどう受け止めるのか考えることが出来る。
その事実はうれしいことかもしれないし、今回書いているような辛いことかもしれない
でも自分がこれからどうすべきかは考えることができるよね。
本当に辛いのは「何も見えない」ことだ。事実も相手の気持ちも分からないことだ。

それと
この作品の主要な登場人物は、
人間の心の中の「負の感情」の存在を認めてる気がする

人の心の中には「きれいなもの」と同時に「よどんだもの」も存在してる
嘘も間違ったものも失敗もおろかさも
人の心の中に必ず存在してる。
嘘が許せないとか、間違ったものを認めないとか、失敗を認めないとか、
自分のおろかさとか。
それを認めたくないってのが一番の嘘だよね。
人の心の中に必ず存在してるものなのにね。
「きれいなもの・正しいもの」だけにかたくなでは、一方的な価値観を相手に押し付けて
自分も相手もつらいよね。自分の可能性や才能も閉じたものになっちゃう。

心の中の「負」を認めて乗り越えた時にひとつ成長できると思うよ。

気持ちにケリをつけて次へ進もう。
その先には次のステージでの自分が待ってるんじゃないかな。
というか、そうしなければならない時ってかならず来るんだよね。
できれば喜べるケリのつき方ならいいね。

今日はちょっとシリアスだったかもしれない、ゴメンなさい。

村山さんの作品は、もう1冊くらい読んでみたいな。
何がいいんだろうね。

次回は、男っぽく北方謙三「三国志」でいきたいと思います。

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